管理人の戯れ言(2)
テラシマ氏の憂鬱はいつ晴れるのか?

ジャズ喫茶メグ店主・テラシマ氏は、憂鬱なのである。
「憂鬱」と漢字で書いてしまうほどに激しく憂鬱なのである。
それは、自宅のアバンギャルドが思ったような音を奏でてくれないからではなく、原稿の締切が迫っているのにネタがひとつも出てこないからでもない。
1年ほど前から始めたメグでのライブの入りが、このところ激しく低下しているからなのである。時には出演するミュージシャンと観客の数が同じ、という事態も起きているらしい。
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都内の他のライブハウスに比べて、メグでライブに出演するミュージシャンにミリョクがないという訳では決してないと、わたくしは思う。ただ、他のライブハウスと比べると、ステージが明確にあるわけでなし、ピアノもアップライトだし、ちょっとスペース的に狭いのが難点であるかな、とも思う。
しかし、この狭さがミリョクなのである。

青木タイセイさんのトロンボーンが、鼻先をかすめるほどに近い。だから、楽器から噴出する音を、ダイレクトに聴くことができる。ひとつひとつの音に、息づかいまでがはっきりと聞き取れる。壁際の席に座ると、ドラムのシンバルがすぐ脇にある。諸田富男サンが、スティックの真ん中を握って叩いたり、ブラシを逆手に持って、柄の方でシンバルをこすったりする様子と、それによって叩き出される音の変化が面白い。カウンターに近いダイニングテーブルに座れば、三木成能サンの指が、ピアノの鍵盤を跳ね回るさまが、つぶさに見て取れる。ノってくると歯を剥き出しにしてにたりにたりしながら弦を弾く矢野伸行サンのベースに、「ふむ、ウッドベースのナマ音は、こんな響きなんだ」と、改めて感心してしまう。

そう、そうしたミュージシャンの姿をみることが、ライブの楽しさなのだ。
何しろメグは狭いから、演奏前にミュージシャンがテーブルを囲んで打ち合わせしているのも、つぶさに眺めることができる。1月12日、ドラムの諸田サン率いるカルテットの面々が、譜面をにらみながらあーでもない、こーでもない、と演奏前に打ち合わせていた。「譜面はこうなっているけど、ここはこうやろうよ」「で、このアドリブは…」等々、演奏前には真剣なお話し合いが続く。その打ち合わせの結果が演奏にどう反映されているのかを探りながら聴くというのも、なかなかに興味深い。
ファーストセット演奏後、ビール瓶片手に諸田サンがこちらの席にやってくる。
「何かリクエストがあったら、次演りますから」
こちらのお望みの曲をナマで聴けたりもするのである。この幕間のお話タイムでミュージシャンと仲良くなれるのも、ライブならではなのだ。

そして、ヴォーカリストがたまたま遊びに来たりすると、飛び入りで1曲、となる。カルテットに加えて唄まで聴けてしまう。この日は女性ヴォーカルが二人。その唄を聴けてしまうのもまた、ぜいたくな楽しみである。欲を言えばヴォーカル用のPAシステムにもう少ししっかりしたのが欲しいとは思うが、歌っている表情や感情を目のあたりにできるのも、このメグならではであると思う。演奏の途中でタイセイさんがテーブルの灰皿をひょいと持ち上げたかと思うと、それをミュート代わりにホワホワやりだした。これもステージと客席が異様に近いメグだからお目にかかれる光景だ。
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さらに、あたりまえのことではあるが、アバンギャルドをもってしても及ばない生々しいサウンドも、大きなミリョクなのである。とくにドラムのシンバルだけは、どんな名録音盤をもってしても、ライブの音にはかなわないとわたくしは思う。そのリアルさが段違いなのだ(ナマだからあたりまえか)。トップシンバルがじゅわんじゅわんと響きを重ねながらメグの狭い空間にひろがっていくさまを見ると、これはもうアバンギャルドが逆立ちしたってかなわないと思う。
もちろんわたくしはCDによるジャズもおおいにたのしんでいる。メグのアバンギャルドの音は、やっぱり他ではちょっと聴けない「日本一のジャズ喫茶」の音であると思うし、イベントにかこつけて聴いてみたいCDを持っていったりもする。それとライブでのナマ音の鑑賞とは、立派に両立するものであると考えている。むしろ、CDでの音楽を存分に楽しみたいからこそ、いわゆるナマ音もしっかりと聴いておきたいと思っているのだ。そしてこのすばらしいナマ音体験を、まだライブに来たことのない人にもぜひ味わってほしいと、激しく思っているのだ。

メグのライブチャージが、昨年の1,500円から、今年は2,000円〜2,500円になった。2,500円といえば、新譜CD1枚分だ。CDを買うのを我慢すれば、CDでは味わうことができないこのすばらしいナマ音体験ができるのである。
メグに出演するミュージシャンは、すべてチャージバック制と聞いて、値上げもやむを得ないかなと自分では納得している(もちろん安い方がいいんだけれど)。
チャージバックということは、そのときのお客さんの頭数を数えれば、ミュージシャンにわたるギャラがいくらかはすぐにわかる。だから、お客さんが出演者と同じ数などという場合は、ひとりあたり交通費とビール代ぐらいにしかならない。ベーシストなどは楽器をクルマで運ぶと、駐車場代で赤字になってしまうではないか。
それでも彼らは腐ることなくいい演奏を聴かせようと頑張ってくれるが、これが満席になっていたら、もっと演奏のノリが違ってくるのでは、とも思う。
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もったいないではないか。このすばらしいJAZZ空間と時間を知らずにいるというのは。この機会を積極的に知らしめないのは、犯罪であるとさえ思う。べつにコーヒー2杯をたのむ必要はないから、ぜひ一度メグのライブを訪れて欲しい。

「だからほら、イベントでわいわいやるのも楽しくていいかもしれないけれど、一度ライブを聴いてみてくださいよ!」

本日のわたくしは、激しくそう言いたいのである。


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